小話 その壱     殺人教唆

私は小さい頃から「正義を守る」男だった。

世の中に泥棒や殺人が横行していても、子供の私はせいぜい駄菓子屋の店先から飴玉を失敬するくらいですんでいた。

アメリカ軍がベトナムでベトナム人民に対してジェノサイドのような行為に及んでいても、私は足元の蟻を数匹つぶすくらいで済ませていた。

 

その「正義感」のまま、立派な大人になった。

 

ある日、喫茶店に入ってコーヒーを注文、いつもの通り本を読み始めた。静かな店は集中して本を読むにはもってこいである。

とりわけ最近の少年マガジンは集中力を必要としている。

 

隣のテーブルの人相の悪い、日焼けした二人組の話し声が私の耳にはいってきた。恐ろしい会話だった。

 

「殺すしかない。」
  「でも、私には無理です。」
    「簡単だよ、私は何回も経験がある。」

「そう言ったって、度胸も必要、私には無理です。」

「やってみれば、意外と簡単なことさ。」

「やる前にばれたらどうするのですか」

「ばれないものさ、とっさに殺るのだから」

 

殺人の話に違いない、殺人教唆は立派な犯罪だ。確信した私は、そっと席を離れ警察に連絡した。


 そして席に戻り、二人をそっと監視し、警察が来る前に二人が外に出たら後ろをつけるつもりであった。

携帯電話は正義を守る道具になる。

大勢の警察官が来て、二人のことを取り囲み私の役目は終わった。

帰ろうとすると地位の高そうな警察官に呼び止められた。

「これで住所と名前を聞かれて、感謝状は間違いない」と確信した。
 「正義は守られた」と、心の中で笑んだ。

 

警察官は言った、あの二人はテニス選手とコーチだ。ドロップショットの相談をしていただけだ」と・・・

 

それでも私は「正義を守る」 

                                     完