私は小さい頃から「正義を守る」男だった。
世の中に泥棒や殺人が横行していても、子供の私はせいぜい駄菓子屋の店先から飴玉を失敬するくらいですんでいた。
ストーカーが横行して、殺人や傷害事件が起きていても私が追いかけるのはゴキブリだけだった。ゴキジェットは私の正義を守る道具の一つである。
ただ、テニスボールを追いかける時だけは、なぜか諦めが早かった。「相手をほめる」テニスコーチの習性らしい。
その「正義感」のまま、立派な大人になった。
友人に禅宗の僧侶がいる。たまに訪ねては煩悩を払う。座禅を組み、静かに時を過ごす。が、たまに煩悩の代わりにハエを払うこともある。
僧侶の人格の割には、大きな寺である。本山は住職に指名するリストを作ったときに名前を書く欄を1行間違えたに違いない。「書く欄」は「撹乱」とも書く。
座禅が必要になった。今度の煩悩はややこしい。
隣の家の美人の奥さん・・・・。
奥さんの白い肌と豊かな胸元・・・・・。
そこで、すやすや寝ている赤ん坊が自分の子供よりかわいく思えるからだ。
世の中にはさまざまな煩悩がある。
煩悩を払うために寺を訪ねたいと電話をした。突然たずねるといろいろ差しさわりの多い僧侶だからだ。
「明日の朝ならいいよ。夕方から大きな葬儀があって寺を貸すことになっているから。坊主もよそからつれて来るそうだから、私はいるだけでいいのだけどね」
「準備で昼から人がいっぱい来るから、その前になら」
翌日朝、訪ねて行った。
「この部屋で待っていてくれ、準備の人たちが早く来てしまってね」と、通された部屋で待つことに。
相変わらずここの茶はまずい。
隣の部屋が騒がしくなった。4〜5人の男が出入りしているようだ。ふすまの隙間からのぞいてみると、みな屈強そうで戦闘服のような作業服を着ている。
年配のひとりが指示を出しているようだ。見ているのがばれるといけないと思い。一人静かに座禅を組み、聞き耳を立てる。
煩悩は断ち切れたが、隣の会話は流れてくる。
いきなり大声で
「おい、昨日かっさらって荷台に突っ込んでいた坊主ここへ・・・」
なんとも物騒な会話になってきた。「誘拐、拉致?」
何人も出て行く足音がきこえた。
しばらくするとまた足音が、相当重いものを運んでくるような感じだ。
がさがさと音がして、箱を壊すような・・・
「この坊主様子がおかしい」
「なんだって」
「見せてみろ」
「うんとも、すんともいわない?」
「ああっ、この坊主死んでいます。」
「なんだって」
しばらくの沈黙・・・・・
「だから助手席に縛り付けて乗せとけと・・・」
「だって、暴れるといけないから箱につめて荷台の奥にと親方が・・・」
「ばれたら、大変だぞ」
「ばれなくても大変だい」
しばらくの沈黙・・・・・
もうここで殺人事件が起きていると確信した。私の正義感は「警察に通報」の文字がよぎっている。
「代わりの坊主はみつかるか?」
「いまさら、どういって探すのですか」
「この寺の坊主に話してみるか」
「かっさらって死んじまったのが、ばれちゃうかも」
「とりあえず、ばれないように箱に入れて荷台の奥に隠して置け」
死体はトラックの荷台の奥か・・・・
そっと部屋を出て携帯電話を取り出した。大きな声や音は出せない、見つからないように寺の奥のほうに進む。
警察に電話した。
30分ほどで警官隊がやってきて、男たちを取り囲んだ。
所轄の警官、機動捜査隊、自動車警邏隊いろいろ来る。
殺人事件はあっという間に幕が降りた。
帰ろうとすると地位の高そうな警察官に呼び止められた。
「これで住所と名前を聞かれて、感謝状は間違いない」と確信した。「正義はいつも勝つ」と、心の中で笑んだ。
警察官は言った
「県警本部からもうすぐ偉い人が到着しますが」
そうか、それまで待っていてくださいか・・・・。
言葉は続いた。
「故障していたBOSEのスピーカーの相談をしていただけだと・・・」
それでも私は「正義を守る」
2話完